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浦和地方裁判所 昭和47年(わ)424号 判決

主文

1  被告人富岡郁男を懲役四月に、同篠塚茂雄を懲役六月に、同中村辰夫を懲役五月に、同田中豊徳を懲役六月に、同大澗慶逸を罰金七万五、〇〇〇円に、同久保田義一を罰金四万円に、同青木宏を罰金五万円に各処する。

2  被告人大澗慶逸、同久保田義一、同青木宏において、それぞれ右各罰金を完納することができないときは、いずれも金二、五〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

3  被告人富岡郁男、同篠塚茂雄、同中村辰夫、同田中豊徳に対し、それぞれこの裁判確定の日から各二年間前記各懲役刑の執行を猶予する。

4  訴訟費用は、別紙訴訟費用一覧表のとおり、被告人らの負担とする。

5  被告人富岡郁男に対する昭和四七年六月一六日付起訴状記載の公訴事実第一の公務執行妨害、傷害の点につき、同被告人は無罪。

理由

(被告人らの身分及び本件各犯行の背景)

被告人富岡郁男は、昭和三六年日本国有鉄道(以下国鉄という)に入社、同年国鉄動力車労働組合(以下動労という)に加入し、昭和四七年四月当時、国鉄東京北鉄道管理局大宮機関区(以下大宮機関区という)機関士見習として勤務する一方、動労大宮支部書記長をしていたもの、被告人大澗慶逸は、昭和四二年国鉄に入社、昭和四三年動労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区機関助士として勤務する一方、動労大宮支部教宣部長をしていたもの、被告人篠塚茂雄は、昭和三五年国鉄に入社、昭和三九年勤労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区電気機関士として勤務する一方、動労大宮支部執行委員をしていたもの、被告人中村辰夫は、昭和四〇年国鉄に入社、同年動労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区電気機関助士として勤務する一方、動労大宮支部青年部長をしていたもの、被告人久保田義一は、昭和四〇年国鉄に入社、その後動労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区電気機関助士として勤務する一方、動労大宮支部青年部書記長をしていたもの、被告人田中豊徳は、昭和三七年国鉄に入社、昭和三九年動労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区電気機関助士として勤務する一方、動労大宮支部副委員長をしていたもの、被告人青木宏は、昭和三六年国鉄に入社、その後動労に加入し、昭和四七年四月当時、大宮機関区機関助士として勤務する一方、動労大宮支部組織部長をしていたものである。

国鉄当局は、昭和四五年ごろから、経営の再建と合理化を図るために、生産性向上運動を提唱したが、これに対し、動労としては、その真の意図は、労務管理政策による組織破壊、合理化推進による労働強化の強行として把え、全面的に反対の態度をとり、次第に両者の対立が激化し、昭和四六年には、動労組合員の動労からの脱退が相次ぎ、それを阻止しようとする他の動労組合員との間に紛争が生じ、遂には暴力事件も発生するに至つた。

国鉄当局は、昭和四七年四月三日、右暴力事件に関する行政処分を発表し、大宮機関区においても、同構内で発生した事件につき、被告人富岡、同田中に対する免職、被告人中村、同青木に対する停職一〇ケ月、被告人久保田に対する減給一ケ月一〇分の一、被告人大澗、同篠塚に対する戒告を含む合計二九名の動労組合員の処分が発表された。

動労中央本部は、右処分発表に備えて、予め、地方本部、支部に対して、処分発表がされた場合、抗議のための順法闘争に突入するよう指令していた。

動労大宮支部(委員長鈴木克己)は、同日午前一〇時三〇分ころ、大宮機関区長岩田正雄からの電話連絡で右処分の事実を知り、同日二回に亘り、鈴木委員長他二〇数名の組合員が区長室に押しかけ、岩田区長らに抗議し、同日午後四時ころから、同機関区構内稲荷台信号所における入出区規制を中心とする順法闘争に突入する旨の決定をなした。そして、その際の役割分担を決め、動労大宮支部に待機し、中央、地方本部、組合員との連絡にあたるいわゆる待機班の責任者に鈴木委員長を、順法闘争突入の決定とその趣旨等を組合員等に知らせ、闘争への参加を呼びかけるいわゆるオルグ班の責任者に被告人富岡を、入出区線等において、闘争参加者に激励をおくるいわゆる激励班の責任者に被告人田中をそれぞれ充てることにした。

同日午後四時ころ始まつた順法闘争は、昭和四七年度春季闘争の一環として続行され、動労東京地方本部において、右闘争に伴なつて、機関車の車体に「不当処分粉砕」等のスローガンが記入された。

そして、動労は、春季闘争の締括りとして、同月二七日、大幅賃上げ要求等を掲げて、同盟罷業を行ない、大宮支部を拠点に指定した。

(罪となるべき事実)

第一  被告人田中、同篠塚は、昭和四七年四月三日午後五時ころから、外一二、三名の動労組合員とともに、埼玉県大宮市錦町四二七番地所在の大宮機関区構内稲荷台信号所北側空地において、同信号所から出区して行く機関車の機関士らに対して、激励行動を始めた。

一方、岩田機関区長は、田辺弘三構内助役の報告で右事実を知り、同日午後七時ころ、列車の遅れが出始めたことから、機関区長室において、対策委員会を開き、稲荷台信号所における入出区状況の把握及び正常な入出区業務確保のため、田辺構内助役、槙島静計画助役、東京北鉄道管理局大宮運輸長付主席萩原孝雄及び同局機関車課員神田勇三の四名を同信号所に立ち入らせることを決定し、その際、岩田機関区長は、右立入りにあたり予想される組合員側の抵抗を除去するために、坂田正雄大宮機関区首席助役、東京北鉄道管理局機関車課企画係長佐藤昭二ら九名の者に、右四名の護衛にあたるよう指示し、同日午後七時三〇分ころ、坂田首席助役を先頭に、前記一三名は、稲荷台信号所に向かつた。

被告人田中、同篠塚、同中村は、同日午後七時三〇分ころ、前記坂田首席助役らが稲荷台信号所南口付近に到着したのを認めるや、木村隆之、小林雅信ら組合員数名とともに同所付近に駆け寄り、同所において意思相通じ、前記当局側管理者が同信号所における入出区状況の把握及び正常な入出区業務を確保する等の職務を執行するに際し、実力をもつてこれを阻止しようと共謀のうえ、先ず、同信号所へ立入つた坂田首席助役、田辺助役及び萩原運輸長付主席に対し、被告人田中において、坂田首席助役の胸部付近を押して同信号所の外に押し出したうえ、「今日は頭に来ているんだ」などと怒号し、同人の制服の襟をつかんで突き飛ばし、被告人篠塚及び木村らにおいて、萩原運輸長付主席及び田辺助役の胸部を手で押すなどして同信号所の外に押し出し、次いで同信号所南口外側付近において、前記佐藤昭二企画係長に対し、被告人中村において「用がないから帰れ。」と詰め寄つたり、被告人篠塚、田中らにおいて右佐藤係長を取り囲み、被告人篠塚において、同人の上腹部付近を手拳で一回殴打する暴行を加えるなどし、もつて坂田首席助役ら国鉄職員の前記職務の執行を妨害し、その際佐藤昭二企画係長に対し、全治四日間を要する胸骨部及び腹部打撲の傷害を与えた

第二  昭和四七年四月五日午前一〇時過ころ、国鉄東京北鉄道管理局大宮運輸長から、機関車等の車体に大書されたスローガンの消去を依頼された国鉄東京北鉄道管理局大宮操駅(以下大宮操駅という)首席助役岡野一郎は、同日午前一〇時四五分ころ、大宮機関区当直助役宮竹照蔵、同佐藤浩、運輸長付阿久津主席ら一〇数名の国鉄職員とともに、大宮操駅各出発線の見通せる構内本部等の建物付近に至り待機中、同日午前一一時四五分ころ、大宮市錦町三二一番地所在の大宮操駅構内上り発車九番線を東京基点二八・三八八六キロメートル付近まで出区して来て、同所に停止した一五五二列車(同日午後零時発)の電気機関車側面に「マル生粉砕」「首切反対」等と大書されていたので、岡野首席助役らは、同所においてモツプ等で消去作業にとりかかつた。

これを知つた被告人篠塚、同大澗、同中村、同久保田は、動労組合員数名とともに、単行機関車に乗り込み、前記消去現場に赴いたうえ、同日午後零時ころ、同所において意思相通じ、岡野首席助役ら国鉄職員が前記消去作業をするに際し、威力を用いてこれを阻止しようと共謀のうえ、被告人篠塚、同大澗は、消去作業に従事していた前記宮竹照蔵助役に対して、「お前は何という名前だ。」「何故消すんだ。」等と申し向けたうえ、被告人大澗において、同人の持つていたモツプを取り上げ後ろへ放り投げ、被告人篠塚において、同じく消去作業をしていた前記阿久津主席を機関車に押しつけ、被告人中村において、前記佐藤浩助役の持つていたモツプを奪い取ろうとし、他の組合員もバケツを蹴飛ばしたり、モツプを奪い取ろうとするなどして、岡野首席助役ら国鉄職員の前記消去作業の遂行を不能ならしめ、もつて威力を用いて国鉄の右業務を妨害した

第三  前同日午後零時二〇分ころ、被告人篠塚は、前記場所で消去作業の手伝いをしていた大宮操駅運輸掛兼予備助役竹田慶三を認め、同人が消去作業をやめ、大宮操駅構内東部運転詰所の方へ戻るに際し、同人を追尾し、続いて被告人大澗、同久保田、同中村らもその後に続き、東部運転詰所入口付近において、被告人らは意思相通じ共謀のうえ、同人を取り囲み、同人に対し、「おまえ、労働運動を弾圧するのか。」等と詰問するなどして、被告人大澗において、同人のしていた名札をもぎ取り、被告人大澗、同篠塚において、頭部をヘルメツトの上から平手で数回殴打し、下腿部を靴先で蹴り、被告人篠塚において、襟首をつかんで右詰所入口扉付近に押しつける等の暴行を加え、竹田が右のような暴行に耐えかねて、「話し合いをしよう。」と持ち出すや、被告人中村において、「話し合いをしよう。」とこれに応じたうえ、同人を大宮操駅構内検査掛詰所入口付近まで連れて行き、同所において、同人を再び被告人大澗、同篠塚、同久保田、同中村で取り囲み、同人に対し、被告人大澗、同篠塚において、下腿部を蹴り、被告人大澗において睾丸を蹴り上げ、胸部を殴打する等の暴行を加え、よつて、同人に対し、加療二週間を要する右下腿擦過傷、左下腿挫傷の傷害を負わせた

第四  被告人田中は、昭和四七年四月一二日午前五時二〇分ころ、前記大宮機関区構内機待四番線の指導員詰所東側に留置中の下り高崎行電気機関車の出区点検の職務に従事していた高崎第二機関区電気機関士飯塚長治を認めるや、同所に赴き、右電気機関車のデツキ付近で、運転室から出て来た同人に対して、「あんた鉄労かい。黄色いリボンをつけてはいねえじやねえか。いつ脱退したんだ。」と申し向けたが、同人が返答しなかつたところ、同人の頬付近を手拳で三回位殴打したうえ、同所に来合わせた被告人富岡と意思相通じ、共謀のうえ、被告人両名は、飯塚が右電気機関車の下回り点検(出区点検のうち車輪、連結器等外回りの点検のこと)をするに際し、その後を追随し、同人の点検方法を批難するとともに、前後自動連結器及び左右元溜付近において、同人の頬及び胸部付近を殴打し、肩付近を突き飛ばし、首筋を手で押えつける等の暴行を加え、もつて、同人の出区点検の職務の執行を妨害した

第五  国鉄東京北鉄道管理局は、動労及び国労の予定した同盟罷業に備えて、昭和四七年四月二六日夕刻、同局機関車課長を大宮機関区現地指揮者とする現地対策本部を設置し、国鉄川越線においては、動労が同盟罷業に突入した際は、管理者である程度の旅客列車を運転すること並びにその際の役割分担及びその乗務員を内定していたところ、同月二七日午前一時ころ、動労大宮支部が同盟罷業に突入したとの情報を得た大宮機関区では、前記決定に従い、国鉄川越駅発同日午前六時一二分八二三D列車に、大宮機関区助役大河内定義を運転士として、大宮車掌区助役岩崎敏夫ら七名を車掌ないし護衛添乗員として乗り込ませ、同列車は、定刻の同日午前六時一二分に国鉄川越駅を発車し、同日午前六時二五分ころ、埼玉県川越市大字笠幡三、七三二番地所在の国鉄川越線笠幡駅構内下り線に到着した。

被告人青木は、動労組合員一〇数名と共謀のうえ、同日午前六時二五分ころ、笠幡駅に到着した八二三D列車の輸送業務を妨害しようと企て、白ヘルメツトをかぶり、覆面をした組合員一〇数名において同列車の進行方向直前の線路上に立ち塞がり、同じく白ヘルメツト、覆面姿の被告人青木において同駅ホーム上から同列車運転室左側窓ガラスを手拳で叩く等したうえ、同列車の乗務員に対して、「大河内降りろ。」等と怒号し、更に、一〇数名の組合員とともに、「春闘勝利。」「合理化反対。」等と大声で気勢をあげるなどして、同列車の乗務員に対し、威勢を示し、よつて、同日午前六時四三分ころまで、同列車の発進を不能ならしめ、もつて、威力を用いて国鉄の輸送業務を妨害した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人らの判示各行為は、その目的の正当性、手段、方法の相当性及びそれらによつてもたらされた結果等の諸点から考察して、(1)労働組合法一条二項本文にいわゆる正当な組合活動の範囲内の行為であり、処罰の対象とならず、(2)実質的違法性ないし可罰的違法性を欠き、いずれも無罪である旨主張するので、順次判示各犯行について判断する。

(一)  判示第一の所為について

本件は、判示のとおり、国鉄当局が動労組合員に対して行なつた解雇等の行政処分に対抗し、動労大宮支部が入出区規制を実施したところ、列車の運行に遅れが出始めたため、大宮機関区長の命によつて坂田首席助役らが、実情調査及び列車運行の正常化を図る目的で稲荷台信号所に立入ろうとし、被告人田中、同篠塚同中村らが坂田首席助役らの立入りを阻止せんとして発生したものである。

まず、坂田首席助役らの稲荷台信号所への立入り行為の正当性の有無について検討する。

前掲関係各証拠によれば、稲荷台信号所における出区時刻は、大宮操駅長と大宮機関区長との間の駅区協定により、駅到着後発車までの諸準備作業に要する時間を加味して本線列車については、発車時刻より、上りは二五分前、下りは二〇分前と定められ、従来右協定に則した出区作業が行われていたのであるが、動労大宮支部において、昭和二四年国鉄総裁内達一号「機関車乗務員及び電車運転士の勤務及び給与についての特別規定」第七条により、本線乗務の場合の実乗務時間につき、出庫(出区)の時間として、構内の状況等により乗務前一五分又は一〇分を加算するとされていることを根拠に出区時刻は発車の一五分又は一〇分前であり、本件稲荷台信号所においては、発車一五分前が出区時刻であるとして、その時刻までは機関車を大宮機関区から出区させない方法を闘争手段として採用したものと認められる。

しかし、内達一号は、動力車等乗務員の作業時間の計算基準ひいては超過勤務手当の算定基準を定めたもので、第七条の規定により出区時刻それ自体が規制されているとみるのは相当でなく、駅到着後発車までの準備時間を加味して出区時刻を定めることも列車運行の安全と運行時刻の確保を計るうえから合理的根拠のあるところであつて、前記のとおり、稲荷台信号所における出区時刻は、駅区協定に従い、上りについては発車二五分前、下りについては発車二〇分前に出区することが行われており、被告人ら動労大宮支部組合員も、通常時においては、駅区協定に従つた入出区作業を行つてきたのであるから、闘争時のみ、これを不当として入出区規制を行なうことは、これによつて、稲荷台信号所における入出区作業更には列車運行の遅延を生じさせ、業務の停滞を来すことを目的としたものと認められる。そうすると、本件入出区規制は、駅区協定及びそれに則つた運行方法に反し、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)一七条一項にいわゆる「業務の正常な運営を阻害する」行為にあたり、公労法上は違法のものというべきである。

従つて、本件のように動労組合員が闘争の一環として入出区規制をしている際に、それによる列車の遅れの把握及びこれに対応して適切な措置を講じ正常な入出区業務確保のため、国鉄管理者が信号所に立入ることは業務上必要な措置であつて、正当な組合活動を阻害するような不当ないし違法なものとはいえない。

なお、この点に関し、被告人ら及び弁護人は、坂田首席助役らの稲荷台信号所立入り行為は、闘争時においては、稲荷台信号所内における円滑且つ安全な入出区業務確保のため、国鉄管理者及び動労組合員は、双方とも同信号所に立入らない旨の現場における協定ないし労使の慣行に反するものであるから、組合側においてこれを阻止する正当な理由があると主張する。

証人小浦玄三の当公判廷における供述によれば、当時大宮機関区においては、管理者側から首席助役、事務助役、労務担当助役、組合側から大宮支部委員長、副委員長、書記長がそれぞれ代表者となつて構成する現場協議会が存在したこと、右現場協議会において公式に協議したものではないが、小浦証人が大宮機関区首席助役として在任中の昭和四五年末か昭和四六年頃小浦首席助役と組合側役員との間で、闘争時は稲荷台信号所内における入出区業務の安全確保のため、当局側においても、できる限り同信号所内に立入らないようにする旨の話し合いがなされたことが認められる。

しかし、小浦証人自身認めているように右取り決めは、現場協議会における公式の協定でなく事実上のものであり、また管理上必要な場合、例えば列車の遅れの実情を把握し、正常運行を回復する必要がある等業務上立入りの必要がある場合、担当の構内助役或いは企画助役が立入ることはあつたというのであるから、小浦首席助役としては、組合側に対し立入禁止の遵守を求める以上、管理者側としてもなるべく立入りを差し控えることを約し、稲荷台信号所内における業務の安全を計つた趣旨と理解されるのであつて、もとより区長らの同信号所の業務に対する管理権を制約する性質のものではないと認められ、本件闘争時のように、当日午後六時ころ、入出区状況を把握するため稲荷台信号所に至つた担当の田辺構内助役の立入りすら、動労組合員によつて阻止され、同日午後七時ころには、列車運行の遅延が生じ始めていたのであるから、かかる場合に、管理者が、判示のような態勢の下に、同信号所における正常な入出区業務確保のため担当助役らの立入りを計つたのは止むを得ないところであり、前記取り決めに違反する措置とは解されない。

結局、坂田首席助役らの稲荷台信号所への立入り行為は、正当な職務行為である。

従つて、被告人田中、同篠塚、同中村らにおいて、右約束を根拠とし、組合側の主張として抗議を申し立てることはともかく、実力で立入り行為を阻止することは許されないといわなければならない。証人坂田正雄の第一〇ないし第一二回、証人萩原孝雄の第一三回、第一四回、証人田辺弘三の第一三ないし第一五回、証人佐藤昭二の第一五回、第一六回、証人松沢十四男の第一六回、証人神田勇三の第二〇回、第二一回各公判調書中の供述部分等関係証拠によれば、被告人田中、同篠塚、同中村らは、坂田首席助役らが、稲荷台信号所南口付近へ到着したとき、逸早く南口付近に赴き、坂田首席助役らの前に立ち塞がり、同人らを信号所外に押し出した後、同信号所の外で、被告人田中において、坂田首席助役と相対し、「処分の理由もはつきり言えねえじやねえか。」「今日は、頭に来ているんだ。」「何でもしてやるぞ。」と怒りをあらわにして判示暴行に及び、更に被告人らにおいて佐藤昭二係長に対する詰問、傷害などに及んでおり、これらの犯行態様によつてみれば、被告人らの本件行為の目的は、入出区規制に対応して来た管理者を排除し、その正当な職務を阻止することにあり、単に管理者に抗議を申し立て管理者を説得し、同信号所からの退去を求めるためになされたものではないというべきであつて、また、その手段、方法においても、管理者に対して、判示暴行を加えているものであり、平和的説得行動とは認められない。

そして、被告人らの行為によつて、稲荷台信号所内における管理者の職務遂行は阻害され、その結果、管理者は、入出区規制につき、何ら適当な措置をとることができず、動労組合員による入出区規制が継続されたのであつて、同信号所が入出区において重要な拠点であることを考慮したとき、被告人らの行為によりもたらされた影響は決して少ないとはいえない。

以上のように、被告人篠塚、同田中、同中村の本件行為は、その目的、手段方法、結果の諸点から考察すると、正当な組合活動であると認めることはできず、また、可罰的違法性を欠くものとも認め難い。

(二)  判示第二の所為について

本件は、判示のとおり、動労が順法闘争に突入した際、機関車車体に大書したスローガンを、国鉄当局側において、消去しようとしたところ、動労組合員である被告人らが妨害したものであるが、弁護人は、被告人らは、管理者による組合運動の介入に対し、抗議をしようとしたにすぎず、手段、方法においても、口頭による抗議と中止のための口頭による説得であり、また、管理者がスローガンの消去作業を中止したのは、被告人らの行為によるものではなく、本件機関車が発車したためであると主張する。

労働組合が、争議行為等に際して、自らの主張を外部に表明することは自由である。しかし、その場合でも、企業施設を利用する場合は、自ら制約があると言わねばならず、本件のように、機関車車体に、直接石灰等でスローガンを大書することは、美観を損い、妥当な方法とは言い難く、国鉄当局も、斯る行為を禁止している。即ち、国鉄東京北鉄道管理局君ケ袋眞一作成の証明書によれば、国鉄総裁は、昭和二四年七月二日総文第一七八号「車両、建築物、その他の施設に文字、絵画等の記載禁止について(通達)」と題する書面を以つて、各鉄道管理局長に対し、通達がなされたこと、右通達によれば、機関車、客貨車、電車、自動車及びその他の車両に制度以外の文字、絵画等を記載することが禁じられており、既に記載してあるものは、至急抹消し、旧に復することとされていること、及び右通達は、昭和四四年七月総裁達第七一号により、本件当時もその効力を有していたことがそれぞれ認められる。

そうすると、大宮運輸長から機関車に書かれたスローガン消去作業の指示を受けた大宮操駅首席助役らが、右作業にとりかかつたのは、管理者として当然為すべき業務であり、これを以つて管理者による組合活動への不当な介入であるとはいえず、被告人らが右消去作業を組合活動への不当な介入だと解釈して、その中止を求め得る筋合のものではないのであつて、被告人らの行為の目的の正当性を認める余地はない。

また、被告人らの行為態様についても、証人岡野一郎、同佐藤浩の第一七回、一八回、証人萩原孝雄の第一九回並びに証人竹田慶三の被告人大澗、同篠塚、同久保田、同中村に対する第二七回各公判調書中の各供述部分を総合すれば、被告人らは、判示のとおりの威力を用いて管理者の消去作業を妨害しているのであつて、単なる口頭による抗議又は中止のための口頭による説得であつたとは到底認められず、これによつて現に消去作業が妨害されていることも認められるのであるから、被告人らの行為は、正当な組合活動の範囲内のものとは認め難く、また可罰的違法性を欠くものとも認められない。

(三)  判示第三の所為について

弁護人は、被告人らの行為は、正当な組合活動の範囲内の行為であつて無罪である旨主張し、その理由として、被告人らの行為は、竹田慶三がスローガン消去作業に加わつたことに対する抗議、説得行動及びそれから発展した組合活動についての議論にすぎず、目的において正当性があること、手段、方法においても相当性の範囲内であること及び竹田の受けた傷害が極めて軽微であることを挙げる。

まず、被告人らの行為を見るに、証人竹田慶三の被告人らに対する第二七回公判調書中の供述部分によれば、同人が消去作業を終え、東部運転詰所に戻りかけたところ、被告人篠塚ら数名が同人を追尾したうえ、被告人篠塚において、「ばかやろう。」等と言いながら、同人の背部を押すような形でこづいたこと、東部運転詰所入口において、被告人中村、同大澗、同篠塚、同久保田は、竹田を取り囲んだうえ、「おまえ、労働運動を弾圧するのか。」等と質問を浴びせ、同人が返答する度に、「このやろう。」「ばかやろう。」等と言いながら、蹴飛ばしたり、同人が着用していたヘルメツトの上から頭をこづいたりしたこと、暴行は、主に被告人大澗、同篠塚によつて為され、それは、竹田の返答に対し、挙足をとるような形で連続的に間断なくヘルメツトの上から平手で頭部を殴る、靴先で膝下を蹴る、胸倉を掴んで東部運転詰所入口へ同人を押し付ける等したものであること、検査掛詰所入口付近まで移動した経緯についても、竹田がその場から逃れるつもりで話し合いを持ちかけ、それに同調した被告人中村において同人の袖を引つ張つて連れて行つたこと、検査掛詰所入口付近においても、竹田は、被告人らに取り囲まれ、被告人篠塚、同大澗に足蹴にされたり、急所を蹴られたりしたことが認められ、証人萩原孝雄の第一九回公判における目撃供述によれば、検査掛詰所入口付近において、被告人大澗が、竹田のヘルメツト付近に手をかけ、同人の頭をぐつと下げさせたこと、被告人らのうちの誰かの足が動いたと思つたとき、竹田が股間を押えて急に前かがみになり、ついで同人は、体を起こしてから、「話をするのに暴力を振つたんじやあ話にならない。」と言つたと供述し、前記竹田の被害状況を裏付けており、その他関係証拠によつても、被告人らの行為は、単に竹田に対する抗議、説得及びそれから発展した労働組合活動についての議論というよりも、それに名を借りたいわゆる吊るし上げというべきであつて、被告人らの判示行為は、平和的説得、抗議ないし議論の範囲を超えており、組合活動として許容される程度のものではない。

また、竹田の受けた傷害も、右に述べた行為の態様や診断結果等からすると、軽微なものであるとは言い切れず、以上の諸点を総合すれば被告人らの行為を正当な組合活動と認めることはできず、可罰的違法性を欠くものと認める余地もない。

(四)  判示第四の所為について

弁護人は、被告人らは動労を脱退した鉄労組合員の飯塚長治に対して、鉄労の運動方針の誤りを指摘し、動労組織への復帰を勧める説得活動をするために現場に赴いたが、飯塚が点検作業を開始したため、点検終了後説得活動をするべく飯塚の点検作業を注視していたところ、飯塚の点検作業が運転規程、作業標準、当局の指導に従つたものではなく、極めて杜撰な点検であつたため、それを正すように注意し、更に、被告人富岡において、正しい点検を実際にやつて見せることによつて、飯塚に対し正しい点検作業を実施させようとしたものであつて、その目的は正当であり、手段、方法においても暴行は加えておらず相当性があり、被告人らの行為は違法性を阻却さるべきものと主張する。

本件被告人らの行為態様を見るに、証人飯塚長治の第二二回、二三回、同石井美向の第二五回及び同田辺弘三の第二四回、二五回各公判調書中の各供述部分を総合すれば、被告人田中において、判示電気機関車のデツキ付近で、運転室から出て来た飯塚長治に対して、判示のとおり申し向けたが、同人が返答しなかつたので、同人の頬付近を手拳で突くようにして三回位殴打したこと、飯塚が下回り点検を始めたところ、被告人田中は、その後を追尾し、前記機関車西側第二ないし第三動輪付近において、来合わせた被告人富岡とともに、飯塚が下回り点検をするにあたり、一緒に付き添うようにして追尾したうえ、電気機関車西側元溜付近において、飯塚が砂箱を見なかつたことについて被告人らが批難したところ、同人が「砂箱は助士が見るんだ。」と返答し振り向くや、被告人らにおいて、同人の頬及び胸付近を突くようにして殴打し、電気機関車南側自動連結器付近において、飯塚が自動連結器を足で蹴つて点検したところ、被告人富岡において、「足で蹴るやつがあるか、ばかやろう。」と申し向けて、同人の肩を突き飛ばし、電気機関車東側元溜付近において、被告人らにおいて、飯塚の首筋を地面の方に二、三回押えつけ、電気機関車北側自動連結器付近において、被告人田中において、「制動管のホースは見たのか。」「パツキングはどうなつているのか。」等と飯塚を詰問し、被告人富岡において、同人の肩を突き飛ばし、胸付近を手甲で二、三回殴打したうえ、「おまえみたいな奴はハイエナみたいな奴だ。」と申し向け、飯塚が一応下回り点検を終え、再び運転室に戻り、動労新聞で手を拭いたところ、これを見ていた被告人富岡において、「動労の新聞で手を拭くな。」と申し向け、それを取上げたこと、この間田辺弘三構内助役が被告人らと飯塚の間に割つて入り、被告人らの行為を制止したこともあつたことがそれぞれ認められるのであつて、被告人田中が現場に赴いてから本件電気機関車が出区していくまでの間、被告人らが飯塚に対するいわゆる説得活動をしている形跡は全くなく、被告人らが飯塚の下回り点検作業を追尾している間も、被告人らは、同人の点検方法の不備な点につき批判する旨の言動はあるものの、被告人らの行為を全体として見たとき、飯塚に対し、正しい点検を実施させるために為したものとは到底認められず、むしろ、動労を脱退し、鉄労に加入した飯塚に対する一方的な非難攻撃であると認められ、その結果、飯塚の出区点検に悪影響を与えたばかりでなく、判示電気機関車の出区も三〇分位遅れたというのであるから、被告人らの判示行為が目的、手段方法において相当であり、それによりもたらされた結果が極めて軽微であり、違法性を阻却さるべきものとは到底いい得ず、また可罰的違法性を欠くものともいえない。

(五)  判示第五の所為について

弁護人は、被告人の本件行為は、国鉄川越線のスト破り列車の運転を担当した大河内定義に対して、笠幡駅において、列車運行を止めるよう説得するとともに、同人に運転資格のないことを指摘、抗議しようとしたものであり、それに付随するピケツテイングは、右説得、抗議の時間を確保する目的で為したもので、終局的に就業を阻止したものではなく、労働組合活動の正当な目的によるものであり、手段方法においても、短時間の比較的少人数による平穏なピケツテイングで、これによつて国民生活に及ぼした影響も極めて軽微であるから、組合活動上の行為として違法性がない旨主張する。

大宮機関区助役大河内定義らが、本件八二三D列車を運行したことは、動労及び国労が昭和四七年四月二七日公労法一七条一項で禁じられている同盟罷業に突入したためその運行確保のため為した国鉄管理者として止むを得ない措置であり、大河内助役は、同年四月二六日、国鉄東京北鉄道管理局長から、気動車運転資格を授与されていたのであるから本件列車の運転資格があるのであつて、大河内助役らの八二三D列車の運行は、何ら不当なものではなく、被告人ら組合員は、このような管理者の行為に対し、スト破りを理由に、運行に抗議し、それを止めるよう説得できる筋合のものではなく、まして、本件のようなピケツテイングを強行することはできないものといわなければならず、その正当性を認めることはできない。

手段方法においても、被告人他一〇数名の組合員は、判示のとおりヘルメツトをかぶり、手拭等で覆面をするという服装で、本件列車の前方を塞ぎ、気勢を挙げる等しているのであつて、それらは、平和的抗議、説得とは到底いい得ない態様のものである。

そして、結果として、約一七分間に亘り、本件列車の運行を妨害したのであるが、本件列車は、国鉄高麗川駅へ到着後、折り返し大宮行となつて通常相当数の通勤客等利用者を乗車させ運行していたもので、本件被告人らの行為を誘引として、本件列車の高麗川到着が大幅に遅れたこともまた事実であり、その後の川越線運行にも影響を来たした被告人らの本件行為を正当なものとすることはできない。

以上のように、被告人の本件犯行は、目的、手段方法、結果のいずれの点から見ても、正当な組合活動として違法性を阻却されるものではなく、可罰的違法性を欠くものでもない。

(六)  判示第一、第四の公務執行妨害罪の成立について

1  弁護人は、判示第四の事実につき、飯塚長治の点検作業は、刑法九五条一項公務執行妨害罪の「職務」に該当しない旨主張するのでこの点につき判断し、あわせて、判示第一の事実についても、公務執行妨害罪の成否につき判断する。

2  国鉄は、公法上の法人とされ(日本国有鉄道法二条)、その職員は、法令により公務に従事する者とみなし(同法三四条一項)、その労働関係も公共企業体等労働関係法により規律する等一般の私人又は私法人が経営主体となつている民営鉄道とは異る特殊の公共企業体たる性格を有するものであつて、その職員の職務遂行に対する妨害行為は、その手段方法により、刑法二三三条、二三四条の業務妨害罪の対象となるばかりでなく、同法九五条一項の公務執行妨害罪の対象ともなり得ると解する(昭和五四年一月一〇日最高裁第一小法廷決定刑集第三三巻第一号一頁以下、昭和三五年一一月八日最高裁第二小法廷判決集第一四巻第一三号七一三頁以下参照)。

3  そこで、これを本件についてみるに、判示第一の事実において、坂田首席助役ら国鉄管理者が、入出区状況の把握及び円滑な入出区業務確保のため稲荷台信号所に立入る行為及びこれに付随する護衛の職務は、大宮機関区長の有する列車の運行等についての管理権の発動と認められるのであつて、それに対し、被告人田中、同篠塚、同中村らは判示暴行を以つてこれを妨害したというのであるから、その行為は、刑法九五条一項に該当するものというべきである。

4  また、判示第四の事実においても、飯塚長治の出区点検は、国鉄北鉄道管理局の動力車乗務員執務基準規程により、動力車の乗務に直結する内容を持つており現業業務とはいえ、国鉄の運輸業務の一環としてやはり公務性を有するものであつて、それに対し、被告人富岡、同田中は判示暴行を以つて、これを妨害したというのであるから、その行為は、刑法九五条一項に該当するものというべきであつて、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人田中、同篠塚、同中村の判示第一の所為中坂田正雄他三名に対する公務執行妨害の所為は包括して刑法六〇条、九五条一項に被告人富岡、同田中の判示第四の所為は刑法六〇条、九五条一項に該当し、被告人田中、同篠塚、同中村の判示第一の所為中傷害の所為及び被告人大澗、同篠塚、同中村、同久保田の判示第三の所為はいずれも行為時においては、刑法六〇条、二〇四条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、二〇四条、右改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、被告人大澗、同篠塚、同中村、同久保田の判示第二の所為及び被告人青木の判示第五の所為は、いずれも行為時においては刑法六〇条、二三四条、前同様改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、二三四条、前同様改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、前同様刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、以上のうち被告人田中、同篠塚、同中村の判示第一の公務執行妨害と傷害の点は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い傷害罪につき定めた懲役刑を以つて処断することとし、被告人篠塚、同中村の判示第二、第三の各所為及び被告人富岡、同田中の判示第四の所為につき所定刑中いずれも懲役刑を、被告人大澗、同久保田の判示第二、第三の各所為及び被告人青木の判示第五の所為につき所定刑中いずれも罰金刑をそれぞれ選択するが、被告人田中の判示第一、第四の各罪、被告人篠塚、同中村の判示第一、第二、第三の各罪、被告人大澗、同久保田の判示第二、第三の各罪は、それぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人田中、同篠塚、同中村につきいずれも同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に(被告人田中については同法四七条但書の制限に従う)法定の加重をし、被告人大澗、同久保田につきいずれも同法四八条二項により各罪所定の罰金刑を合算し、以上の刑期又は罰金額の範囲内で、被告人富岡を懲役四月に、被告人篠塚を懲役六月に、被告人田中を懲役六月に、被告人中村を懲役五月に、被告人大澗を罰金七万五、〇〇〇円に、被告人久保田を罰金四万円に、被告人青木を罰金五万円に各処し、被告人大澗、同久保田、同青木において右罰金を完納することができないときは、いずれも刑法一八条により金二、五〇〇円を一日に換算した期間それぞれの被告人を労役場に留置し、被告人富岡、同田中、同篠塚、同中村に対しては同法二五条一項によりこの裁判確定の日から二年間右各懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により別紙訴訟費用一覧表記載のとおり被告人らの負担とする。

(被告人富岡に対する一部無罪の理由)

被告人富岡に対する昭和四七年六月一六日付起訴状記載の公訴事実第一の要旨は、被告人富岡において、相被告人篠塚、同田中、同中村らと共謀のうえ、判示第一において認定した公務執行妨害、傷害の罪を犯したというのであるが、当裁判所は、被告人富岡については、右公訴事実につき、無罪と判断したので、以下その理由につき述べる。

1  第一〇回及び第一一回各公判調書中証人坂田正雄の各供述部分(以下「証人…の第…回供述部分」という)、証人田辺弘三の第一三回、一四回、一五回、証人萩原孝雄の第一三回、一四回、証人松沢十四男の第一六回、被告人富岡の第四〇回、四一回の各供述部分並びに被告人富岡の公判廷(第四九回)における供述を総合すれば、昭和四七年四月三日午後三時ころ、動労大宮支部は、支部闘争委員会を開催し、大宮支部における順法闘争への突入及びその際の任務分担が決定され、被告人富岡は、前記オルグ班の責任者となり、同日午後四時ころから、大宮機関区構内乗務員詰所において、オルグ活動をしていたが、同日午後七時五〇分ころ、動労組合員池田宏明から、稲荷台信号所に前記坂田首席助役らが来て紛争を生じている旨の連絡を受け、一人で稲荷台信号所に向つたこと、一方そのころ稲荷台信号所においては、判示第一のとおり、被告人篠塚、同田中、同中村らの妨害にあつた坂田首席助役らは、同信号所へ立入れないまま、同信号所外において、組合員らと相対する形になつていたこと、そこへ到着した被告人富岡は、組合員側の中で、被告人篠塚らが佐藤昭二係長を取り囲んでいるのを見て、その場に赴き、右佐藤の腕付近を掴んで引き揚げるよう言いながら、坂田首席助役らの方へ連れて行つたうえ、稲荷台信号所北側の出区線付近で、坂田首席助役と事態の収拾について話合いをしたこと、その結果、組合員側及び坂田首席助役ら双方ともその場から引き揚げることで一応話がまとまり、坂田首席助役は、職員らに、最終的に稲荷台信号所への立入りを断念し同所から引き揚げる旨命令して、坂田首席助役ら職員は大宮機関区本庁舎へ、組合員らは稲荷台信号所北側空地等へ引き揚げたことがそれぞれ認められる。

2  検察官は、被告人富岡も被告人田中、同篠塚、同中村らと現場において意思相通じ共謀のうえ、坂田首席助役らの稲荷台信号所への立入り行為を妨害した旨主張するのであるが、前記認定のとおり、被告人富岡が稲荷台信号所に到着したのは、判示第一の相被告人らによる坂田首席助役、佐藤昭二係長に対する判示暴力行為が一応終了した段階であり、被告人富岡が、佐藤昭二の腕付近を掴み、更にはその背中を押すようにして、同人を坂田首席助役らの方へ連れて行つたのは、同人らの稲荷台信号所立入り行為を妨害するという性質のものではなく、混乱した事態を解消する手段として右行動に出たものと認めるのが相当である。以上認定を覆えし、被告人富岡が、他の相被告人田中、篠塚、中村らと共謀のうえ判示第一の犯行に共同加担したと認めうる証拠はない。

もつともこの点に関し、証人佐藤昭二が唯一人、第一五回公判において、同人らが稲荷台信号所南口付近に到着した際、同信号所北側空地付近にいた組合員がバラバラと走り寄り、同信号所南口において、同人らの前に立ち塞がつたが、その中に被告人富岡もいた旨供述している。

しかし、前記冒頭掲記の各証人は、大宮機関区に勤務し、或いは以前勤務しており、被告人富岡とは面識のあつた者であるが、それらの各供述をみても、被告人富岡が、右時点に、稲荷台信号所南口付近にいたとするものはないのであつて、証人佐藤昭二が、当時、国鉄東京北鉄道管理局機関車課企画係長であり、本件当時までに被告人富岡と面識がなかつたことを考慮すれば、右佐藤の供述をそのまま信用することはできない。

以上のとおり、被告人富岡に対する右公訴事実については犯罪の証明なきに帰するので、刑事訴訟法三三六条後段により無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

訴訟費用一覧表

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